一休さんと将軍さまのとんちバトルみたいなタイトルですが、「無い」状態がもたらす価値に気付くと世界がすこし違って見えるかもというお話。

無いことは良いことだ

例えば、余白や行間を考慮してレイアウトされていない本は、とても読めたものではありません。

一方空白を含めてきちんとデザインされた書籍は見た目の良さもさることながら、内容の理解を助ける力にも優れています。(なにも無いスペースが可読性を高める)

仕事のタスクが貯まってくると、クオリティに優先して焦りばかりが脳のリソースを占有しますが、うまく調整して消化できている状態ならば本来の作業に集中することができるようになります。(未処理のタスクが無い)

アイデアをアウトプットせずにため込むよりも、その場で吐き出して頭の中を空っぽにしておく方が次のアイデアを生み出しやすくなります。(頭の中にアイデアのストックが無い)

他にも多くのパターンが考えられると思います。

つまりは意図的に「無い」状態をつくり出すことで、混沌とした状態に秩序をもたらすことができるわけですね。

所有や消費で得られる満足感は結局一過性のもので、人の本質的な幸福には寄与しないんじゃないかというのが最近の持論なので、この「無い」状態がもたらす価値には大いに注目しています。

無い ≠ 0

「無い」ことは「乏しい」ことではありません。

高度経済成長期やバブル期ならばいざ知らず、いまや物やお金をたくさん所有することが唯一至上の価値ではなくなっています。

近代建築の巨匠ミースは言いました。
「less is more.」と

僕の尊敬するデザイナー、原研哉はこう言っています。
「からっぽというのは満たされる可能性そのものである」と。

一人の人間が持つリソースや生活スペースが有限であることを考えれば、ものや情報を必要以上に抱え込むことは、いまやメリットよりもリスクの方が大きくなってしまいます。

集めたり保存したりなんてことはCPUと半導体メモリに任せておけばいいじゃないですか。
インテルやサムスンが血眼になって小型化・大容量化を推し進めてくれているおかげで、いろんな知識や価値、娯楽やコミュニケーションさえもiPhoneみたいな小さなデバイスに詰め込んでおけるこの時代。データ化のコストも限りなく低くなっています。

現実での所有・消費を最小限に抑えて、「無い」状態を維持するために利用しない手はないですね。

まとめ

「無い」状態というのは、そこに新しいものごとが入り込む余地があるということに他なりません。

常に無い状態を意識して生活すると、いろいろなことを秩序立てて考えることができるようになります。

安価になったストレージやモバイルデバイス、各種クラウドサービスなんかをフル活用して、「無い」状態が保てるようにがんばりましょう。