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東芝が白熱電球の製造を打ち切った。
電球型蛍光灯やLED電球に需要を奪われた形での引退なんだろうけど、120年も製造を続けたんだから有終の美を飾ったといっても過言じゃないと思う。
とはいえ、子供のころから身近にあったものが消えていくのはやはり寂しい。

白熱電球の、あの眩しくて直視できない太陽のような光や、熱すぎて触れなくなる位の「エネルギー使ってる」感、消灯時のガラスの透明感や砂時計みたいな佇まいの静謐さを、僕らの子供の世代は体験できないのだね。

僕は昔から蛍光灯の作り出す光がどうも好きになれないでいる。
彼らの光り方はなんだか味気なくて忙しない。また、面が光源になるからなのか、落ちる影も薄ぼんやりとして言いようのないニセモノ感が漂っている。そしてなにより往生際の悪さがいただけない。

白熱電球がその役目を終えるとき、彼らは突如光るのを止めうんともスンとも言わなくなる。
ガラス球の中のフィラメントは悲しげにカラカラと音を立てながら、見た目も真っ二つになり、「自分はもうだめです。先にいってますぜ、兄貴。」的なケレン味あふれる潔さで散り様を演出している。

翻って蛍光灯はどうだ。
なんだか照度が下がって光も黄色味を帯びてきたと思ったら、こともあろうについたり消えたり・・・またついたり。天下り組の定年退職→監査役で再雇用みたいな往生際の悪さである。

そんなわけで我が家では、妻が台所で使う、家で唯一の蛍光灯のON/OFFを巡って蝸牛角上の争いになることもしばしばである。

別に年がら年中そんなことを意識して暮らしているわけじゃないけれど、せめて自分の家くらいは光を遮ったところはちゃんとした影になってもらいたいし、そもそも夜は昼より暗いんだっていうことがわからない生き物なんて不気味すぎる。

夏は暑いもの、冬は寒いもの、昼は明るいもの、夜は暗いもの、縁は異なもの味なもの。それでいいじゃないか。

というか、うちのガラスシェードにLED電球を入れたくないので浪漫球(5W)は製造中止にならないことを切に願う。ついでにあともうちょっと安くなってくれるとうれしい。