ものを買うときに思うことがあります。

「これって古くなって捨てるときどうなんだろう」
という気持ちが頭をよぎるのです。

形あるものはいつか壊れるのですから、なにかを買うってことはいずれ捨てるってことと同義。

最近では引越しの度に使っていた家具を廃棄し、引越し先にある「お、ねだん以上。」のお店で一揃え買い直す人たちがいるそうです。

他人のすることに自分の価値観で注釈を加えたところで意味が無いので、その選択肢について特に言うことはありませんが、それにしてもずいぶん無駄なエネルギー使っているなあと思ってしまいます。

家具を選ぶのはけっこう骨が折れるし、捨てるのだってめんどくさい。
なにより何度も同じことを繰り返すことが大いに不毛です。

ここまで極端ではないですが、いつか捨てるものを買わなくてはいけないのはどんな買物でも一緒なわけですから、購入時の最安値に熱くなることよりも、投資に見合ったリターンが得られるのか、それを買うことで自分の時間は増えるのか減るのか、廃棄するときにはどのくらい手間がかかるのかなどを含めて、トータルのコストを冷静に考えることのほうが大事です。

そうやって考えて見れば実はたいして必要じゃないものの方が圧倒的に多いはずなんですけどね。

世間的にはこういう話になると、「物や情報が溢れているこの時代には・・・」とか「リサイクルでエコな暮らしを」みたいな薄ら寒いキーワードとともに、社会の風潮や他者との関わり的なコンテクストで語られることが多いのですが、問題はそこじゃないだろう。と。

個人レベルで要/不要の判断がもっと適切にできるようにする「部分最適」で良いものを、なぜかそれをレイヤーの違う社会やコミュニティレベルの「全体最適」で解決しようとするからおかしなことになるんですよね。
だからいつまでたっても同じ話してるんだよアホか、と思うわけですよ。

最後はだいぶ飛躍しちゃいましたが、一行でまとめると、
捨てるときのめんどくささを念頭に買物をすすめると、買い過ぎが少なくなるよ。
という内容です。

回りくどすぎ。